戦国時代のロマンを追い求めるなら、「織田信長 生誕の地」として名高い勝幡城址は見逃せません。(*生誕の地は諸説あります)
1534年、あの天下人・織田信長がこの城で生を受けたという伝説が今も地元に息づくこの場所。大きな遺構は残っていませんが、駅前の銅像・復元模型・石碑など、信長ゆかりの地として訪れる価値のある要素が揃っています。
今回は、勝幡城の歴史、アクセス、見どころ、そして訪問する際のポイントをまとめます。歴史好きも、ゆかりの地巡りを楽しみたい人も、ぜひこの地を歩いてその空気を感じてみてください。
勝幡城とは?


歴史的背景
勝幡城は永正年間(1504〜1521年)に、織田信長の祖父・織田信定によって築かれたと伝えられています。元々「塩畑(しおばた)」と呼ばれていたこの地は、縁起をかついで「勝幡(しょうばた)」の名に改められたと言われ、信定の力と信秀(信長の父)の成長を象徴するゆかりの場所でもあります。
信秀はこの城を拠点に斯波氏三奉行として清須や津島との関係を築き、1534年には信長が勝幡城で生まれたというのが地元の有力な説です。
古文書『言継卿記』には、1533年に公卿・山科言継が信秀に招かれて勝幡城を訪れ、その規模と出来栄えに驚いたという記録が残されています。これが城の当時の豊かさをうかがわせる資料のひとつです。
城自体は現在、建物などの遺構はほとんど残っておらず、本丸や堀などの構造も変遷や河川の改修によって消失しています。
見どころ


勝幡駅前ロータリーには、織田信秀・土田御前に抱かれた幼少期の信長(吉法師)の銅像があります。信長ゆかりの地を象徴する像として、訪問前に必ずチェックしたいスポット。
勝幡駅前には城の配置を伝えるジオラマや復元模型があります。遺構がほぼ残っていない勝幡城ですが、この模型で当時の縄張りや堀・土塁などを視覚的に理解することができます。
城址には「勝幡城址」と刻まれた城址碑、さらに「織田弾正忠信定古城蹟」の石碑・木碑が立っています。城の南端付近とされる場所に位置しており、歴史の重さを感じられる場です。
周囲は自然林や水路の残る地域。三宅川・日光川などかつて外堀や水の遺構として機能した川が流れており、川沿いや民家の間を抜ける散策路があります。時間に余裕を持ってゆっくり歩きたい場所です。


「織田信長ゆかりの地勝幡城」について


アクセス
最寄り駅は 名鉄津島線「勝幡駅」、駅から城址までは徒歩約10分。
または 名鉄尾西線「六輪駅」 から徒歩約20分。歩く距離は長めですが、郷土の風景を感じられます。
所在地は愛知県稲沢市平和町城之内付近。住所を地図で確認することをおすすめします。
| 名称 | 勝幡城 推定復元模型 |
| 住所 | 愛知県愛西市勝幡町五俵入2266 |
| 名称 | 勝幡城跡 織田弾正忠平朝臣信定古城蹟 |
| 住所 | 愛知県稲沢市平和町城之内 |
| 名称 | 勝幡城址 |
| 住所 | 愛知県稲沢市平和町城之内105 |

まとめ(+訪問のヒント)
訪れる時間帯と天候:晴れた午前中は写真がきれいに撮れます。湿気の高い日は散策路がぬかるむこともあるので、歩きやすい靴と服装を。
所要時間:ゆっくり見るなら30〜45分。駅前の像や模型を含めると+15分ほど。
アクセス重視のプラン:名古屋発で歴史ツアーやゆかりの地巡りを組むなら、《勝幡城址 → 清洲城 → 那古野城跡(名古屋城前身説)》の順がおすすめ。
持ち物:飲み物、帽子などの日射対策/虫除け。説明板が少ない場所もあるので、事前に城郭図や歴史背景をチェックしておくと見学が深まります。
勝幡城址は、壮麗な城郭の遺構こそ残っていませんが、「織田信長 生誕の地」としての重みと、石碑・復元模型・景観を通じて歴史を肌で感じられる貴重な史跡です。ゆかりの地巡りのひとつとして、ぜひ訪れてみてください。


